東都幻想物語~ Touto Genso Story Episode Ⅲ ~【小説版】
第5章 赤きスープは火を吹くように辛い・その1
「で?あなた達、わざわざ私の食堂で御飯を食べに来たわけじゃないでしょう?」
カツウラシティに御宿食堂の副店長・勝浦 暁美がカツウラタンタンメンをかきこむ2人に対して言い放つ。
「もちろんそうだ。俺達がここに来た意味はわざわざ言わなくてもわかるだろう?」
大治郎の返答に対し、勝浦の細目の端がピクッと動くと同時に店内の空気が凍りつき始める。その空気を察したのか、店内にいた他の客の箸が止まる。
「ここが午後一まで貸切だった理由はアレだろう?この国の王様とこの写真の人物がここに来たという事はすでに聞いている」
「その通りよ。いすみちゃん辺りから聞いたんでしょ?だいたい予想がつくわ」
(いすみちゃん?という事は、この勝浦って人は軍の関係者か何かかしら?)
大治郎と勝浦の会話で凍りつき始めている雰囲気を他所に紗江は麺をかきこみながらそう考えていた。
―――数時間前―――
「自総研の君達がやってきたのは、クラル姫を連れ戻すためだろう?」
機関車の上で月崎が2人の目的をズバリと答える。しかし、軍の中における研究職が前線に出張った上にそのような情報を知っているという事だけで、月崎が軍の中でそれなりの地位の所にいる事は明白だ。どうやってそのような地位に着いたか気になる所だ。
「君達が来る事になった理由については興味はないが、クラル姫にはこの国を視察してもらうという点だけは本当だと言っておこう」
「視察というのはさっきも聞いた気がするけど本当かしら?」
「ああ、それは間違い無い。他国と関係を悪化させる事はこの国は望んでない」
「だとしたら俺達が来るのも最初から計算済み。むしろ、俺達じゃないとできない狙いがありそうだな」
「それは時期にわかると思うぞ」
時期にわかるという物ほど気持ち悪いものはない。自分自身が知らず知らず掌で転がされているのはいい気分ではない。そうこうしている間に貨物列車は勝浦の駅近くの留置線に停車した。事前に連絡を受けていたのだろう、停車と同時に兵士達が続々と集まってくる。
「やれやれ仕方ない。ここは私が話そう」
そういうと月崎は貨物列車から飛び降り、近くの兵士に部隊長を呼んでくるように指示を出した。少しして部隊長らしき人物が乗っていると思しきジープがやってきた。ドリフトでシープを無理やり止め、中から人が飛びしてきた。表情から血相を変えているのが遠目でもわかる。月崎と合流するなり、口論を始めた。
「月崎主任!それはどういう事ですか!?」
「何度も言わせるな。この一帯の兵に戦闘をするなと伝えろと言っているんだ」
どうやら月崎は研究職の立場でありながら、軍の中ではそれなりの立場のようだ。主任というのも軍内部で動くためだけの肩書きかもしれん。
「では1つ聞くが、ここの戦力であの2人に敵うとでもいうのか?」
月崎が指差した方向には貨物列車の上に大治郎達が佇んでいる。紗江に至っては腕を組みながら厳しい視線を向けている。
「ですが・・・」
「勝てる要素が万が一あるとしてもだ。ここは鴨川からも比較的に近い街。こんな所で市街戦なんか展開してみろ。周囲の建造物や一般市民への被害は甚大だ。それこそ王はそのような事態は望まない上に頭を抱えるだろう」
「しかしそれでは我々は!」
「そんなに立場が心配なら、私の名前を出せばいい!いいか!?軍の主な目的はクリーチャーから民を守る事だ!それなのに市民をあえて危険にさらそうとする行動を行うのはおかしいと思わないのか!ここは田園地帯でも、街道でも、城でもないんだぞ!」
貨物列車の上でレーザー砲をぶっ放そうとした人物とは思えない発言である。
「いますぐにこの一帯の兵に戦闘を行うなと伝達しろ!血の気が多い連中がいくらかいてもそのくらいなら襲い掛かっていいだろう。良い薬だ」
月崎の命令により、この辺りの兵士との戦闘はほとんど起こらないようになったようだ。
続く