東都幻想物語~ Touto Genso Story Episode 5 ~【小説版】
第1章・機巧少女:その6
「はい、そうです。・・・・・・・・ええ、警察が来たらそのように伝えて下さい」
紗江はそう言うと、公衆電話の受話器を置いた。紗江は仕事に関する連絡は、メール以外は基本的に公衆電話使用する。彼女から携帯端末から電話がかかる場合は、相当ヤバイ状況である事を示すサインであるので自総研内に緊張が走る。
「警察には、私達が直接伝えればいいのではないでしょうか?」
「だめよ。そうしたら買い物をする時間がなくなるわ。何だかんだ言っても“署で話を聞きます”の一点張り。それなら、自総研を通じて伝えた方が面倒は起こらないわ。さ、買い物に行きましょう」
あっけにとられるチェリーを引っ張っていった。
「ここがシルバーチェアー。そしてこの南北に貫く大通りがシルバーストリート。名のある百貨店や高級服飾店等は全部このストリートに面して店を構えてるの。あそこにある時計塔がシルバーチェアーの中心部分なのよ」
「シルバーチェアー・・・。建築物の様子は変わっていますが、ここは銀座ではないでしょうか?」
「銀座!?」
「はい。私が覚えている限りここは銀座のはずです。出しているお店の種類は変わっていますが高級時計店等のお店。そしてあの時計塔の位置が全く同じです」
「ふーん?」
チェリーの顔をマジマジと紗江は覗き込んだ。たじろぐチェリー。
「な、何ですか??」
「あなた、本当に5,000年近く前の時代にいたのね。名称が変わった原因としては、あなたがカプセルに入っている間に起きた戦争の所為ね。戦後のゴタゴタで名称とかが新旧交じり合ったちぐはぐな状態になったそうよ。現に、自総研がある所は新高崎と呼ばれているし、あなたが見つかった所はロックルーインズだしね」
地名のちぐはぐは日本だけでなく世界中で見られている。地名はその土地の性質を現す物や、著名人の名前であったりしたが、戦後に生き残った人達で変えられ、今に至っている。すでに4,000年以上前の事であるため、現代の人々にはすっかり馴染んでしまっており、地名が変わった要因がわからなくなってしまった所も存在していた。
「着いたわ。ここよ」
2人が到着した所は、東雲総合百貨本店である。夏の騒動を起こした東雲家が経営している百貨店の1号店である。特にここは、大衆向けの物から目が飛び出すレベルの価格である高級品まで揃えているモンスター店である。その婦人服売り場で2人が服を探していると、
「あら~、紗江さんではないですか」
どこかで聞き覚えのある声の方向に振り向くと、そこには東雲グループの会長・東雲 青海が立っていた。
「お久しぶりです。夏の“アレ”以来ですね」
「聞いたわよ。夏の“アレ”で、かなりの金額を使ったらしいわね」
「ええ、おかげさまで。日本橋及び環状道路崩落部分の修繕費用にかなりかかりましたわ。ところでそちらのお方は?」
「ああ、実はかくかくしかじかで――」
「――そうでしたか。それはまたとても幸運な事で。初めましてチェリーさん。私は東雲 青海。この百貨店を始めとする東雲グループの会長を務めております。どうかごひいきに」
「こちらこそよろしくお願いします」
「ところでチェリーさん。あなたから若干の硝煙の臭いがしますが、どこかの揉め事に巻き込まれたのですか?この赤い染みは血のようですね」
チェリーが着ている服を見るやいなや、今まで何をしてきたのか当てられてしまった。パッと見ただけで、相手がどのような事をしてきたのか、何を求めているのかを汲み取ってしまう洞察力は彼女の特技であった。
「紗江さん。チェリーさんは自総研で働くのですよね?そして、この様子からしてクリーチャーが出る現場に行く可能性も十分にあり得ると。それならいいのがありますよ」
そういうと青海は、チェリーを引っ張っていった。
「これは最新のモデルですわ。はるか昔に日本の人々が着ていた“着物”をベースにしたものですよ」
身頃の下側の脇縫いがなく、チェリーの両足が横から簡単に見える。
「かなりスース―します」
「ええ、機動性を上げるため下側の脇縫いはありません。相手クリーチャーに蹴りを入れたり、走ったりしても行動を妨げるような引っ掛かりもありませんよ。使用している繊維は新型の剛性繊維で、相手の攻撃を軽減してくれますよ。後はこのアクセサリーを―ー」
青海はどこからともなく、大きな桜の花びらを模した髪飾りを頭にくっつけた。
「チェリーだから桜の髪飾りをつけたの?それともあなたの趣味?」
「ホホホ、さあ、どちらでしょうね」
紗江の質問に青海はお茶を濁した。
続く
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