東都幻想物語~ Touto Genso Story Episode 5 ~【小説版】
第1章・機巧少女:その5
「紗江様。これから私はどうなるのでしょうか?」
チェリーが不安そうな表情で紗江に尋ねる。チェリーにとってみれば、目が覚めたら見知らぬ世界で、おけらな上にホームレス状態なのだ。このまま衣服を買った後、そのまま自総研から放り出されるのではないかと頭の片隅で思っていたのだ。
「あなたには自総研に所属してもらうわ。あなたをこのまま外に出すわけにはいかない」
凄みを利かせた紗江の声に、チェリーの表情が曇った。
「冷静に考えて頂戴。今のあなたは、どこの何者かさっぱりわからないのよ。下手をすれば人の形をしているクリーチャーと言われて処分される可能性がある。あなたを見つけた研究者チームに任せていたら、今頃、研究づくしで自由なんてないわ。だから自総研にあなたを置くの」
「クリーチャーって、先の戦争で作り出された生物兵器の事ですよね」
「そうよ。って、あなた、そのあたりの記憶はないのになんで知っているの?クリーチャーもまだ見た事はないはずよ」
「今、ネットワークにアクセスして、それを調べたのです」
「ネットワーク!?」
チェリーの口から出た言葉に紗江は面食らった表情となった。何処のネットワークにいつどのようにアクセスしたのだろうか。様子から見ると無意識的に使っているのだろう。
「・・・。ねえ、買い物に行く前にちょっと付き合ってくれない?」
(私の推測だけど、この子に施された改造が荒廃した未来でも生きていけるようにするだとすれば、戦闘もいけるはずよね)
電車に揺られながら、どこを襲撃するか考えを巡らせていた。
ドガッ!
イースト・ペイジング王国の繁華街から少し離れたオフィス街で騒動が起きていた。もちろん、騒動を起こしているのは紗江だ。
「このアマ!どこの組のものだぁ!?ンッッッ!!!」
紗江の強烈な金的を喰らい、一人の男が静かに崩れ落ちた。
「どこの組の者でもないわ。私達はただ腕試しに来ただけよ」
そういうと、紗江の強力な一閃がまた一人の男に襲い掛かる。血しぶきをあげながら悲鳴と共ににその場で転げまわる。
「や、やめましょう、こんなこと!早く、逃げるべきです!」
「何言っているのよ。これも私の仕事なの。大陸の広域指定暴力団がこの国に最近、入り始めた事は知っていたわ。完全に根を張る前に摘み取っておかないとね」
「だ、だからといって、襲撃するのは警察とかそういう機構に任せるべきです」
「それは違うわよ。警察は風邪をひいた時に飲む風邪薬みたいな働きをする組織よ。それではダメなの。だから、私達のような自由に動ける側がこういう仕事をするの」
「で、でも・・・」
「でもじゃないわよ。自総研にいるという事はクリーチャーとの戦闘に向かう事も十分に考えられるわ。異形のクリーチャーより初めての実戦がヒトの方がいいわ。大丈夫。私の予想ではあなたには、戦う術と身を守る術があると思ってるわ。覚悟を決めなさい。来るわよ!」
紗江は両手に小刀を構え、バッサバッサと団員を斬り伏せていく。悲鳴をあげてのた打ち回っているから、命には関わらない程度の重傷であろう。歴戦の動きを目撃しているチェリーは、あたふたしたままである。
「このクソが!喰らいやがれ!」
団員の声が聞こえ、チェリーがその声の方向を見ると、精霊銃ではない実弾発射タイプの銃を向けられていた。
パンッ! バチッ!
「痛ッ!」
乾いた音と何かが弾かれた音と共に、チェリーが尻餅をつく。撃たれたチェリーは当たった部分を抑えたが、風穴どころか赤くすらなっていない。よく見たら、足元を潰れた弾丸がコロコロと転がっていた。誰もがこの光景に目を奪われていた。
「な、なんだテメェは!?」
慌てた感じでもう一発撃つが、弾丸のチェリーの人差し指と中指で挟むような感じで止められてしまった。この状況に一番驚いてのは当の本人、チェリーであった。
(私にこんな力が!?相手の動きがわかる?)
何かのスイッチが入ったかのように様々な情報が入ってくる。敵対している人数は全部で33人。その内、8人は戦闘不能。室内には10人。自分に発砲した人物は心拍数が急上昇。相手が引き金を引く、撃鉄が動く、銃口から火花が出る。それに合わせるように体を最低限の動きで弾道から逸れる。発射された弾丸はチェリーには当たらず、後ろのビルの窓ガラスに当たった。
(戦う力はしっかり有るようね)
一連の流れを視界の端で確認していた紗江は、クリーチャーと戦闘になっても何とかなるだろうと確信した。誰が何のためにチェリーにあんな改造を施した理由はわからないが、この時代で生きていくには十分だ。一方、チェリーの行動を目の当たりにした団員は、完全に冷静さを欠いていた。指定暴力団が日頃から相手をしているのは、一般市民か小さなクリーチャーくらいの物だ。こういった未知の能力を保持している相手を目の前にすると、冷静さを保つのは鍛錬を積んでいないと難しい。団員達はチェリーを取り囲んで撃つという方法を試みた。
(銃による攻撃は点としての攻撃。だけど、射線を利用すれば!)
チェリーには恐怖という感情はなかった。この状況を戦い抜くという意志がチェリー自身を動かしていた。四方八方から発砲される前に、相手が同士討ちになるような位置にずらし、銃口から火が出た瞬間にわずかな射線上の隙間に身体を差し込む。同士討ちとなった団員達はその場で崩れ落ち、血だまりを形成していった。
「あらあら、かなり派手にやったわね」
屋内の掃討を終わらせた紗江が外に戻ってきた。
(状況から同士討ちに持ち込んだようね。これ、確実に数人は死んでいるわね)
チェリーの周辺状況から何が起こったかを大体把握した紗江であった。同じくして、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。この騒ぎを聞きつけた誰かが通報したのだろう。
「さて、ややこしくなる前にここから移動しましょう。あとは警察にまかせればいいわ」
そういって二人は雑居ビルの影の中にかけていった。
続く